お知らせ:佐藤二葉『アンナ・コムネナ』第3巻刊行

 本日、佐藤二葉さんの『アンナ・コムネナ』第3巻が発売されました。3巻ではいよいよアンナとヨハネスが本格的にいわば大人の領域に足を踏み入れていくことになりますが、そうした社会の仕組みを見定めてこれと向き合う姉と弟それぞれの覚悟と自信が本当に清々しく、早くもこの先を心待ちにしています。やはり巻を重ねると自然と作品世界が豊かになってきて、よく言われるようにキャラクターが自分で動くというのでしょうか、これまでの展開を存分に活かしつつ歴史学の知見をさらに自由に組み合わせた新鮮で爽やかな物語が繰り広げられています。

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 今回の個人的な一押しのキャラクターはやはり従弟のアレクシオスでしょうか。彼にはどうかのびのびと幸せに暮らせる道があってほしいと願っています。ヨハネスの経験と成長を見ていても感じましたが、社会規範や性役割に対して自分が「向いている」かどうかを自問するようなタイミングは自分自身にも振り返れば色々とあったわけで、彼らの姿には読者としてどこか身につまされる部分もありました。

 後半のアンナの体験にも心を打たれました。地中海を越えた人や知識の移動がより活発になった11世紀から12世紀にかけての時期は、ノルマン人や十字軍の到来のように、ビザンツ帝国にとっては必ずしも好ましくない新たな変化が起こった時代でもあったのではないかと思います。しかしそこに暮らす個々人に思いを馳せてみれば、それはかつては想像もできなかった世界が目の前に開ける時代でもあったかもしれず、そうした時代の息吹が境界や立場を越えてビザンツ皇女のアンナという人に強さと決意を与える展開は痛快で目が覚めるようでした。

 3巻の刊行に際しても微力ながら校正のお手伝いをさせていただきました。私は専門家ではないので、「とにかく他人の目が入ることに意味がある」と自分に言い聞かせながら毎回重箱の隅をつつくようなやり取りばかりしてしまうのですが、そのたびに、細かい台詞の背景にある当時の事実関係や社会の仕組みに関する史料や研究に佐藤さんが非常に注意を払いながら物語の世界を組み立てておられることを実感します。ぜひとも多くの人に『アンナ・コムネナ』はもちろんのこと、巻末の参考文献を手に取って、この作品を何重にも楽しんでほしいと思っています。

 末筆ながら、今回も貴重で刺激的な機会を下さった佐藤二葉さん、素敵に仕上がった御本をご恵贈下さった星海社様にお礼申し上げます。